誰にも言わないどうでもいいメモ

どうでもいいことを書いてます

23歳の夏休み

 僕は今年で23歳

 少し顔がやつれてる 

神聖かまってちゃん 23歳の夏休み より

 

 僕は今年の8月1日でとうとう23歳になった。普通に順当な進学チャートを進んでいってれば今年は大学院に進学していたかもしれない。けれども僕は寄り道をしてしまったがために学生のまま23歳となり、夏休みを迎えている。

 

 何も変わらないまま23歳になった。夏休みになったからって特別変わったことをするということはないだろう。何の目的もないまま実家でぐうたらして後期に備えるだけだ。穀潰しの復活である。少し本を読むくらいはすると思うが。

 

 何も変わらないというよりは変えられる気がしないというのが正確かもしれない。同じ年代くらいの人達は何かすげぇ賢そうに見えるし、常に社会に大して批判的だ。とはいえ、狭いインターネットの世界なので当てにはならない。一方の僕は社会に大して文句どころか期待すらしている。多分対岸から見れば馬鹿を見るのは僕なのかもしれない。それは火を見るより明らか。オリンピックは楽しみだし、新元号だって少しワクワクしながら待ってる。サマータイムになったらなんかできそうなことないかなとか、インターネットとは真逆のことを考えてしまう。悪くいえば成熟していない人間なんだろう。

 

 どうしてこんな愚者に見えるような道を歩むようになったんだろう。甘いものの摂り過ぎか?悩むこと自体馬鹿らしくなった、ということにしているけども根本的な原因はよく分からない。もしくは正直批判ばかりの思考に疲れたんだろう。僕には賢く見せる演技は無理だ。

 

 中学生のころ共産党に所属する塾のおばちゃんに政治家に向いてると言われた。この指摘は間違いだと思うけどもし僕が政治家になったらどんな批判がやってくるんだろ。真面目にやれとか言われたり失言でバッシング受けちゃんだろうか。こんなんやってられるか!ってなるのが目に見える。じゃてめぇがやってみやがれ庶民共!文句ばかりで何もしないくせに!と言って辞職してやろうかな。

 

 兎にも角にも、なんだか僕は成長が止まった感じがする。精神的にもまだ高校生くらいだと思うし、大人にはなれてない。というか、大人になりたくない。僕はずっとピーターパンさ。23歳になっても「ハッとして目が覚めた」とか覚醒したとかもなく、新しい思想に入り込む余裕もない。働き方とかLGBTにすら全くついていけない。おいてけぼりさ。何も考えず猛暑のなかポケモンGOしてるよ。ハピナスが強すぎるんだよなぁ。でもこういう賢い人々の言うことについていけないはダメなことなのだろうか。老人とともにフェードアウトするしかないんじゃないか。でも、賢い人達はいつも怒ってるのに疲れないのかね。朝も批判、昼も批判、夜は愛する批判です。レクター博士みたいに頭の中をパカッとひらいて見てみたい。批判するのは気持ちいいから仕方ないのかな。

 

 大きな子供になってだいたい3年。何も変わらないまま、惰性で30に向かってる。彼女もおらず、童貞。日陰で暮らしている。もうこれでいいんじゃないかなって。変革にはエネルギー使うし。めんどくさいし。これもこれで楽だし。でもこれでも焦燥感がやってくる。これで良かったのかなって。宿題をやらず迎えた8月31日の小四の時みたいな気持ちになる。